ひとは思いこみでできている

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『西荻夫婦』やまだないと

「一人でいると二人を感じる」

そう書いてあるのを読んで、

「二人でいるともっと一人だ」と感じていた私は、この漫画の、淋しくて悲しくて虚しい感じが好ましいと思いつつ、主人公の言うようには思えないな、と思った。

すうすうとずっと風が吹き続けているような、人と人が一緒にいることの不可思議さに立ち止まるようなこの感じ。

生活に取り紛れていれば考えないですむことが、気づいたらじわじわと黒く迫ってくるような感じ。あぁ気づかなければよかったのに。

主人公と同じではないけれど、寄って立つもののない者のぐらぐらとおぼつかない空虚感をよく表していて、共感した。

淋しい淋しいと言い続けて誰にも届かない虚しさや、どこにも行けない行き詰まり感を読むたびに感じ、

人間はひとりで生まれてきてひとりで死んでいくんだなぁとも思った。だれかと一緒に死ぬことはできない。

 

10年以上前にはじめて読んだとき(そしてしばらくこの物語が胸を占領した)、私は、自分と夫の間の「なにもなさ」を毎日感じ、不安になりながらそれを見ず、話し合うこと以前に話すこともしなかった。

日々の生活を送ることで精一杯で、精一杯に頑張っているということにして問題から目を逸らしていた。

そうしているうちになにが問題かもわからなくなった。こうなったきっかけや原因はなんだろうと今さら考えても仕方ないことをぐるぐる思い巡らせていた。そうすれば現実を見なくてすんだから。悩んだふりをしていれば今のこの怖さに対処せずにすんだから。

常に「二人でいるのに一人」だと感じていた。

こんな状態で夫婦になれるはずはなかった。腹を割って話すことをしない夫婦。ただ一緒の空間にいるだけの夫婦。こんなので未来なんかない。

夢がない。希望がない。なりたい姿もない。ふたりでしたいこともない。

ただ毎日を過ごすだけ。そんな夫婦があるか? そんなので何十年もやっていけるか?

目をつぶって、なにも見えない。

 

最後の主人公はいったいどうなってしまったんだろうか。

はじめに読んだときは、精神的にやられてしまってドロップアウトしたんだと捉えた。

自分で自分を追い詰めて、苦しさに囚われてしまって、内側の誰にも触れられない場所に逃げ込んだ主人公が、「おかしくなってしまったことで」少しの間だけ平穏な状態や気持ちになれたシーンが描かれているんだと思った。

今はちょっと違う。

どうなったかということよりも、どんな状態に陥ったにせよ、今そばにいてくれる人と一瞬一瞬を少しでもあたたかく優しく心地よく過ごしていたらいいな、と思う。

そばに人がいてくれる、ということは、切実に貴重なことだと思うから。それが夫婦ならなおさらだ。親よりも友人よりも近い。

だから、あの最後の状態になってから、主人公たちの夫婦というかたちがスタートしたんだ、と思いたい。

一人と一人が添うことで、二人になった。

二人でいて、二人を感じてほしい。

 

西荻夫婦』やまだないと

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