自己否定は自己防衛
自己否定は自己防衛なんだな。
一生懸命すごい勢いで頑張って否定している。
周りから責められないように先回りして自分を否定している。
そうすることで自分を守っている。
…何から?
*
人や周りの状況を優先する。いえいえ自分なんて後回しでいいんですよ。人を優先してその場をやり過ごし、しかし我がホームへ帰るとすごくすごく疲れていて、苛々して、鬱憤が溜まっている。我がホーム内にいる気の置けない人に八つ当たりをする恐れがあるので、ひとりきりになりたい。でも誰かにそっと見守っていてほしい。ほっといてほしい・見ていてほしい、というわがままな心境になる。
本当の私の心は、自分をないがしろにしていることがわかっているから、苛々し、癇癪を起こして泣いているし騒いでいるし悲しんでいる。
自分に怒っている。自分が萎縮している。感情を持て余す。そんな自分に嫌気がさして、また感情を見ないフリをする。私平気ですから。
身体だってこわばって固まって、首や肩や背中やあちこちガチガチになって、息もうまく吸えてない。そんな状態が「普通」だと信じ込んでいる。
全く緩んでない。常に戦闘態勢だ。これも自己防衛だ。
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もし、人がそんな状態だったら何と声をかける?
そんなに人に気を使わなくていいんですよ。人のこといろいろと考えなくていいんですよ。
全部できなくてもいいんですよ。焦らずにゆっくり行動すればいいんですよ。完璧なんてないんですよ。
自分を痛めつけないでいいんですよ。小さなことでも、したいことがあったらしたらいいんですよ。行きたいところに行っていいんですよ。
嫌いな人がいたっていいんですよ。腹が立ったっていいんですよ。
それから、身体にとっては緩んでだらーんとしているのがよい状態なんですよ。だるく感じるくらい緩んでいることが、本来の「普通」なんですよ。
……
人にだったら言えるのに、どうして自分には言えないんだろう?
もっと明るくなるようなことを書きたいな…。