ひとは思いこみでできている

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推理小説の楽しみ方

こんにちは。

突然ですが、推理小説は読みますか?

私は昔から読むとすれば推理小説ミステリー探偵小説、でした。

日本の私小説、いわゆる「文学もの」は読むには読めど、中途半端な知識しかありません。海外ものやノンフィクション、果ては哲学やらなんやらはかじった程度です。えぇっ、あんなに時間をたっぷり使って読んだのに、こんなにも覚えてない?!と愕然とします。

では推理小説だから知ってるかと問われるとこれもあやふやで、非常に偏っています。でもやっぱり好きなんです。

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中学生くらいの頃、妹に児童書のルパンシリーズを借りて、わー面白いー、と思って、次々読んで読み終わったら今度はシャーロック・ホームズを読みました。それから江戸川乱歩の明智探偵シリーズ。王道でしょう。でもホームズよりルパンのあの艶やかさがいい。

それから、赤川次郎をたくさん読みました。その頃赤川作品はドラマや映画になったりして、軽いなんて言われてましたけど、たしかに会話文も多めで読みやすいけれど、今読んでも内容は結構読みごたえがありますよ。三毛猫ホームズシリーズの初期三作品くらいは、結構な暗さです。(『三毛猫ホームズの推理』『三毛猫ホームズの追跡』等々)

シリーズや連載もので、初期の方がその世界観を色濃く描いてた、ということはままあることかな、と思うんですが、それは『じゃりん子チエ』でも非常に感じます。3巻までは濃い暗さがあって、またその暗さがいいんです。どうにもならないやるせなさや陰影が、人間の生活ってこういうことだなぁと思わせられます。チエちゃん、おすすめですよ。

シリーズになって、回を追うごとに登場人物たちもサービス精神旺盛になってわいわいやってくれて、また会えた、という楽しさもあるからどちらも素敵なんですけれど。

高校生以降は、日本のものをどんどん読みました。今はほとんど覚えてないけど。記憶に残っているものを、おいおい書いていきたいなぁと思っています。その時にはまたお付き合いください。

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さてそれで、推理小説の読み方なんですが、読み進めてゆくとがたくさん散らばってきますよね。

これらを、みなさんは自分でも推理しながら読みますか??

わかりやすい例だと、「読者への挑戦!」みたいな読み物です。謎編・解決編、と分かれ、謎や伏線を「さぁ諸君、解いてみたまえ」と読者に投げかける。そして解決編で探偵役が出てきて謎解きをするという趣向です。

これ…、やったことないんです。「読者への挑戦」ものでなくて、通常の小説の形のものでも、ぜんぜん解いたことないんです。解こうとしたことがない。

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そうやって長いこときましたが、先日読んだ北村薫氏のエッセイで、北村氏も解かずに読み進める、と書いてありました。あ〜同じ方がいる〜、しかも大好きな作家・北村薫だーと嬉しかった!

推理小説であっても「物語」なんですよね。ただ単に謎を解明するなら、パズルみたいなもの。謎はエッセンスであって、人物ひとりひとりの、小説の場の中での来し方行く末を読み・感じるのが大きな醍醐味だと思うのです。

だから別に推理小説でなくてもいいんですが、そこはやっぱりハラハラドキドキ、ピンチをどうやって乗り越えるのか、殺人事件の動機は?なんて、時にはスリルも味わいたい。だから好みなんだというだけですね。

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それを主人が、ドラマなどで推理ものがあると、ことごとく謎を解くんです。解説付きで

カルチャーショックでした(大げさ)。そんな必死に「犯人は◯◯だ」みたいに言うのを、驚きを持って見てしまいました。そして、犯人を当てるともう興味がなくなった、みたいな顔をするのです。コラ!

反対に私は、謎と解決は二の次で、全体の流れの中で主人公たちがどんな道を歩いて行くのかが知りたい。のに、途中で解説するから集中できない!(笑)あ〜この人とは推理ものの映画とか一緒に行ったらあかんなぁ、と思いました。

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楽しみ方にもそれぞれの個性があるものですね。私はひとりで推理小説にどっぷり浸ろうと思います。