凝り固まってたのは私の心
こんにちは。今日は、ようやく気づいたことについてです。
このブログでHSPについてよく書くようになりました。
どうしてもこの性質を好きになれなくて。解明すれば理解できるようになり、好きにはなれなくても仕方ないと思えるようになれるかと思って、いろいろと考えを巡らせては吐き出し、思い込んでは吐き出ししてきました。
それはそれとして。
このHSPについて考えたり情報を集めるため動かなければ、今の仲間には出会ってなかったんだ、と、ようやく、ようやく気づいたのです。
こんな私なのに、そのまんま受け入れてくれてた仲間がすぐそばにいた。なんともはや。
ブログでのつながりだけでお会いしたことのない方もいます。HSP茶会で出会い、お話するようになった方もいます。違う出会いをして、HSPについて話すことができた方もいます。
どんな出会い方だったとしても、仲間です。私にとっては。
普段の人間関係では、そうそう気軽に心の話はできません。そんな話をするには、関係性を作っていかなくてはなりません。
でも、この仲間たちには、思うまま心のことを話せます。しばらく間が空いても、すっと戻れる。
ずっと、心の話がしたかった。若い頃から思ってた。でもだいたいの人は、そんな重たいような、暗いような、考えなくちゃいけないような、自分を晒すような、そういう話はいやがるんですね。
いやがる顔は見たくないし、そんな顔にさせたくもないから、すぐにその話題は引っ込めて、当たり障りのない“ 楽しい ”話をしていたな。
いや、もしかしたらいやがってなかったかもしれない。私のアプローチの仕方がまずかっただけかもしれない。
今となってはわからないけど、でも諦めずに、心の話をできる人たちを求めてきてよかったんだな。
そのきっかけになったのは「HSP」だったんだ、とようやくわかった。
今まで見えていた面が、くるっとひっくり返った、そんな感じ。
きらいなHSP性質が、私を受け止めてくれる人たちを連れてきてくれた。もう一から十まで事細かに説明しなくても、底の部分で通じてる、と思える関係をもたらしてくれた。
なんと受け止めていいかわからず、ちょっとまだぽかんとしています。