ひとは思いこみでできている

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うつ状態だったころ

 

うつ状態だったころ。

今から14〜5年ほど前か。

まだうつとか休職とか傷病手当とか、そういったメンタル系の言葉がそれほど認知されてないころだった。心療内科も今見るほど多くなかった。スマホなんてまだなかったから、駅の看板とかで探さないとどこにあるのかわからなかった。

「一般的」とはまだ思われておらず、違う支社の人が休職したというウワサに周りがヒソヒソ、なんてちょっと偏見の目で見られていた。

でも自分がなってみて「これは流行るだろうなぁ」と強く感じた。

実際私が復職してからは、同じ会社のあちらこちらの人が、倒れたとか休職したとか聞き始めたし、徐々にメディアでも取り上げられるようになった。「一般的」になった。

 

自分が伏せっていた時は早くなんとかしたくてうつについての本を探したけど、たとえば「認知療法」の本なんて、専門書以外は1、2冊くらいしか売ってなかった。

なにかあればまずは本から当たる私には情報が少なすぎて不安で仕方なかった。もちろんネットの情報も薄いものだった。

 

いわば私は流行りを先取りしたわけだ。いやいやただ流行りに乗っかっただけ。

私が「もうダメだ、一歩も会社に足が向かない」と駆け込んだその辺の心療内科では、予約なしのクリニックだったけど待合いにはだれもいなかった。

その1~2年くらい後に、調子が悪くなったと感じて、違うクリニックに行った時、待合室には順番が来るのか不安になるくらいわんさか患者さんが待っていた(そこも予約制じゃなかった)。

急速に流行ったなぁ。。

実家に出戻っていた私は、いざ休職となった時に休める場所があって感謝したけれど、同時に居場所を取っていることに申し訳なく、自分の状態の説明も淡々と事実を述べるくらいしかできず、心情を話す気力もなく、ただ眠っていた。

父母はなにも言わなかったけれど、妹に「お姉ちゃんはうつじゃないよね」とすがるような目で言われた時は、「信じたくないんだろうな」と感じ、理解してもらえないと思い、なにも話せないとうっすらした寒々しい気持ちで心を閉ざした。

 

その頃の記憶はあんまりない。

私はよく眠る(過眠)方で、寝ても寝てもだるく、寝ても寝ても眠れた。

眠っていてもずっと神経は起きていたと思う。うつ用の薬を飲まなければ自分を責めるか「死にたい」という声が頭の中に常にあったから。

 

さいわい、会社の年配の先輩に知り合いの診療内科を紹介してもらい、産業医もついて、回復に向けて安心して休んだ。

いや、安心できるわけないわ。

だって仕事休んだら給料出ない。健康保険のなんじゃかんじゃがあってしばらくは給付された(傷病手当か)けど、たぶん数ヶ月経てばそれも無くなる。死活問題だ。こうして動けなくなったって税金は払わなければならない。病院代だって払っている。

弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂。

人ひとり生きていくのってこんなに苦しいんだなぁとよく思った。休んではいけない社会。まるで死ねと言わんばかりだな、とつくづく思った。

 

そのころの記憶がない、と書いた。

だから、うつ状態だったころの話を書き留めておきたいのに思い出せない。

あのころ、私はなにを考えていたんだろう。身体の状態はどんなだっただろう。

薬を飲んでちょっと気力が持ち直し、焦り、元気になったつもり、という時もあった。

動けないし動かないから食欲もなくなり、なにかを食べても味がよくわからないこともあった。

食事することも楽しいと思えず、サプリメントだけで生きられたら楽でいいのに、と思うこともあった。

空を見て、こんな自分が生きているのが辛く苦しく淋しく、こころの中は荒れ狂う嵐なのに、表情には出ず身体もどんよりとして動けない状態だった。

あれはなんだったんだろう。身体の中ではなにが起こっていたんだろう。

 

この文章、たぶんまとまらないしまとめられない。

いつか整理して話せる時がくると思うけど、14〜5年経った今でも順序立てて話せないもんなんだな。

でもこうして残そうと思えたことは、私にとっていいことだと思う。

私が私を否定しなくなってきた、ということだと思うから。

また思い出したら書いてみよう。