ことりのように

旦那さんと文鳥とオカメインコと暮らしています。日々のこと、思うこと。ことりのように自由にはばたいていきたいです

今年もモズがきてくれた

こんにちは。

強い台風のあと、わが家の近くで、モズの「チキチキチキ…」が聞こえました。今年もやってきてくれたんだね〜。

近所では先日、秋の伐採で大きく茂っていたケヤキがいくつかばっさり切られてしまったので、鳥たちの止まる場所が減りました。

モズは向かいのお宅のアンテナに止まっていましたが、お先に来ていたヒヨドリたちは止まる場所が少ないからか、近くまで来てくれなくなりました。こちらまで伐採されたような沈んだ気持ちです。

日々、鳥たちの鳴き交わす声をあたりまえのように聞いていますが、とっても幸せなことなんですよね。繁華な場所でも、姿を見つけられなくても声があるだけで落ち着きます。

住む、働く、行く「場所」「環境」には、知らず知らずのうちに影響を受けているのだろうなぁと感じます。そしてそれは自分が思うより大きなものだろうなぁと。

鳥も、いつもあった木がなくなって、戸惑ったりするんだろうか。

***

大阪の街に出て、行き帰りと合わせて半日過ごしただけで、たとえその日お店の中でゆっくりしてたとしても、心がささくれ、ガサガサと荒れるのがわかります。

気のせいだ、気の持ちようだ、と言われるかもしれません。そして私自身もそんな風に思う声が自分を責めるように襲ってきて、やりきれなくなります。

ターミナル駅などの広い場所には大勢の人たちがひっきりなしに行き交っていて、色や光、音、空気、匂い、そしてそれらが混じり合ったすべてが過剰に感じられ、ホッと一息座りたくてもそんな場所もなく、ぐっと息を堪えている感覚です。

人混みがどんどん耐えられなくなるなぁ。脳が刺激を「処理したくない」と言っているようだ。

都会に行くには、立ち向かう気力(大げさでなく)が必要です。

***

環境に合わせて生きている野鳥たちはたくましい。あの小さい体で「渡り」をする鳥たちもいて、どこにそんな力があるのか不思議です。

切られた木が早く枝を伸ばして、鳥たちが休める場所になってくれますように。