ことりのように

旦那さんと文鳥とオカメインコと暮らしています。日々のこと、思うこと。ことりのように自由にはばたいていきたいです

もし、制限がなく

こんにちは。

購読しているメルマガに「もしなんの制限もなくて夢が叶うとしたら、どうなりたいですか?」とありました。

どうなりたいだろう?

 

先日お会いしたNちゃんに同じように、「なんでもできるとしたら、なにをしたい?」と聞かれました。

とっさに「勉強したい(知りたい)」と答えました。知らないことをもっと知りたい。…その時は、勉強を始めた時だったから余計にそう思ったのだけど、知識を得たい、ということだけではないなぁ。

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自分のことも、近しい人のことも知りたい。

自分が、何をどう捉えてどういう風に感じ考えるのか。人が、何をどう捉えてどういう風に感じ考えるのか。

自分のことはよくわからない。けれど、人の話をじっと聞いていると、自分にとっての気づきになることはたくさんある。それは内容だけではなくて、発する声の調子や強さ、表情や動き、空気みたいなもの、からも気づきを得る。

人のその動きや、揺らいだり迷う姿を見たり感じることは、心のとても柔らかいきらめいた部分を見ているようだ。

そしてとても温かい気持ちになる。一生懸命だ、がんばってるんだよねぇ、って笑って励ましたくなる。その姿は私のちからにもなる。

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ほんの少しのやりとりであっても、私に向けて放ってくれた言葉は、私の気づきになっている。表情や動きも同じ。

私はすぐにキャパオーバーになるので、わからなくて受け止められていないことはたくさんある。でもその場やその空気の感じはぼんやりと受けている。今は受け止めきれなくてもいつかわかるかもしれない。それまでだいじにしまっておく。

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もし制限がなく、なんでもできるとしたら、なにがしたい?

なにがしたい、というよりは、どんなふうでいたい、という方が近いかなぁ。

自分や人をもっと知っていけたら、お互いに居心地よくいられると思うんだなぁ。(私はイレギュラーに弱いので、さまざまなパターンを知っておくことで安心する。だから知りたいって思うのかもしれないな。対応しきれなくて慌てることのないように、準備しておきたいんだな。)

自分の性質を知っていくことは限りがない。昨日と今日では気持ちや考えも変わってるかもしれないし、次々あらわれる自分を知っていくことは自分の発見。一生一緒にいるんだし、制限を設けずにいいところをもっと探してあげよう。

そして、穏やかに、心をほどいたような笑顔で、気分よくいられたらいいなぁ。それがいちばんなりたい姿なのかもしれない。